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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)9979号 判決 1962年12月24日

原告 小野洪

被告 国

訴訟代理人 河津圭一 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告の申立及び主張

(請求の趣旨)

1  被告は原告に対し金五十万円及びこれに対する昭和三五年一一月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言を求める。

(請求の原因)

一、原告は訴外大野建工株式会社(昭和三六年二月一五日以前の商号を株式会社小佐内工務店という)の代表取締役であるが、右会社は昭和三五年頃から訴外河内喜多蔵に対し家屋建築工事を請負い、その代金請求権を有していたので、訴外会社の使用人である訴外福田忠一郎をして集金の業務に従事させていたところ、福田はその頃前後数回にわたり、訴外会社のため右請負代金のうちから合計金五十万円の支払を受けながら、会社に納金せず、着服横領していることが同年八月七日に至つて判明したので、同日福田を府中警察に告訴した。

二、同時に原告は訴外会社の代表者として福田に対し右金員の所在を追求したところ、福田は知人に預けてあると称し、翌八日一万円札五十枚を持参し、河内から集金した五十万円であるとして訴外会社に入金の手続をとつたので、原告は右金員を受取り会社のため保管した。

三、ところが府中警察署長は原告に対し、前述の横領被疑事件の証拠物として右金員の任意提出を求めてきたので、前同日原告は同警察署長に対し、用済の上は原告に返還してもらいたい旨を明記した任意提出書と共に右金員(一万円札五十枚>を提出し、同警察署司法警察員はこれを領置した。

四、その後、福田は、東京地方裁判所八王子支部に横領詐欺の被告人として起訴され、間もなく有罪の判決が確定したのであるが、東京地方検察庁検察官事務取扱福検事酒井博は同年一一月一〇日前述のようにして証拠物として領置中の金員五十万円を賍物であるとして、被害者還付なる名目の下に訴外竹内正男に還付する処分をなした。

五、なるほど本件金員は福田が原告の追求を免れるため竹内正男から詐取し、あたかも河内から集金し保管しているもののように製つて訴外会社に入金したものであることが判明したけれども、訴外会社の代表者として原告が福田から右金員を受領した際には、そのような事情があることは露知らず、真実、河内から請負代金の一部を集金するものと信じて右紙幣五十枚の引渡を受けたものであり、斯く信ずるにつき何等過失はなかつたものである。したがつて、かりに右金員が賍物であつたとしても、訴外会社の善意取得によりその物たる性質は消滅したものである。したがつて前述の検察官の被害者還付処分は違法あり、それが関係法規の解釈を誤つた過失による行為であることは明らかである。

六、原告は前項の違法な還付処分に因り、訴外会社のため保管中の現金五十万円を失つた結果、自己の責任において同額の金員を会社に弁済せざるを得なくなつたから、右公務員の違法な行為により右金員に相当する損害を蒙つたものにあたり、仮にそうでないとしても金銭は所持の移転と共に所有権も移転するものと考えられるので、原告自身が本件金員を喪失したものであるから、その損害賠償及びこれに対する不法行為後の昭和三五年一一月一〇日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二、被告の申立及び主張

(請求の趣旨に対する答弁)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(請求原因に対する答弁)

一(1)  請求原因第一項のうち原告の地位は不知、福田忠一郎の地位及び同人の横領が発覚した日時は否認、その余の事実は認める。すなわち、福田は訴外会社(当時の商号は株式会社小佐内工務店)の取締役であり、同人の横領が発覚したのは同年八月一六日である。

(2)  第二項の事実は不知。

(3)  第三項のうち、府中警察署長が本件金員の任意提出を求めたとの点は不知、その余の事実は認める。

(4)  第四項の事実は認める。

(5)  第五項の事実は否認する。すなわち、本件紙幣は横領の事実が発覚したので、福田が原告等の追求を免れるため偶々その頃竹内が土地の所有権をめぐる紛争に巻き込まれていたのを奇貨とし、八月一七日同人に対し、金五十万円を交付すれば紛争の一切が解決されるもののように欺き、同人から詐取したものにほかならず、同日河内から集金した金と称してこれを原告に交付したものであり、原告も本件紙幣を任意提出するに際し、府中警察署員に対し、福田が集金してきた金と称して持つてきたけれどもどんな金か信じられないと述べており、賍品であることについて認識があつたものと認められるから訴外会社の善意取得は成立せず、検察官の被害者還付処分は正当である。

二、本件紙幣は福田が竹内から騙取したものであるところ、竹内はその事実を知り、その頃直ちに福田に対し金員提供の意思表示を取り消したものである。原告は右騙取の点につき悪意があつたから、東京地方検察庁八王子支部検察官が本件紙幣を竹内に還付したのは相当である。

原告は善意の第三者であると主張するけれども、福田がことさら農業を営む竹内のごとき者に金五十万円を預けたなどという弁解を信じたことは解し難く、福田を府中警察署に告訴したことからもこの事実を窺うことができる。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、請求原因三の事実(任意提出を要求したとの点を除く)、同四の事実及び本件一万円紙幣五十枚は訴外福田忠一郎が同竹内正男から詐取したものであること、訴外会社は同河内喜多蔵に対し建築工事請負代金債権を取得していたので福田をしてその取立に当らせていたところ内金五十万円を着服横領されたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、福田は右着服横領した金額を埋めるため竹内から本件金員(金一万円紙幣五十枚)を騙取したものであるが、原告はその情を知らないまま訴外会社の代表者の資格で河内から集金した金員としてこれを受領し、会社のため保管していたところ、昭和三六年八月一七日府中警察署長へ任意提出したものであることは、成立に争いない乙第三ないし第九号証及び原告本人尋問の結果から明らかで、これに反する証拠はない。

三、原告は、訴外会社が本件金員を善意取得していたことを前提として損害の発生を主張するところ、被告は原告に悪意もしくは過失があつたから善意取得は成立しないと争うのでこの点につき考えるに、前顕乙第四、五号証第八号証によると、原告は昭和三六年八月一六日に至り、河内の支払つた金額と訴外会社へ入金された金額との間にくい違いがあることを知り、直ちに調査した結果、河内から同年六月一六日から八月一〇日までの間に六回にわたり合計百三十万円の支払があり福田が受領しているにもかかわらず六月一八日から八月五日までの間に四回合計金八十万円が入金されたのみで残金五十万円は未納となつていることが判明し、横領容疑で福田を告訴すると共にその帰りを待つて詰問したところ、竹内に預つてもらつているというのでさらに竹内の許へ赴いたところ、福田はとつさの間に五十万円の用意を頼み込み明日中に何とかするとの返事を得たので、原告に対しても「明日の夕方まで待つてくれ」と頼み一応その場の追求を脱れたこと、ところが、河内の方でも福田を追求し、竹内に会つて福田に着服横領の疑がかかつていることを告げ真実金を預つているのかどうかを確かめて来たので、竹内も福田の助言に疑惑をいだくに至つたが、同夜遅く福田から竹内の関係している別件土地の紛争解決に五十万円は必要なのであつて、原告と自分とは芝居を打つているのであると言葉巧みに説き状せられ騙取されるとも知らず翌一七日朝現金五十万円を福田に交付したので、福田は同日早朝府中警察署から呼び出しを受けていた折ではあり、急ぎ右金員を原告に交付し事態を糊塗しようとしたこと、原告は本件金員を受領するや直ちに府中警察署に持参し司法警察員の取調に応じ右金員は福田が河内から集金した五十万円であると称して手渡されたけれども、果してどんな金か信じられたものでない旨を答えていることがそれぞれ認定でき、右認定に反する成立に争ない乙第七号証記載の原告本人尋問の結果採用しがたく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。そうすると、たとえ福田が竹内に預けている旨のその場のがれの弁解をし、竹内も事情を知らずに多少は同人を庇う気持で、一七日中には五十万円を用立てる素振りを示し、原告も一まずその成行を持つ態度にでたからといつて原告が福田の弁解に心から納得しているものとはいゝがたく、前顕乙第四、五号証、第八号証、成立に争いない乙第六号証及び弁論の全趣旨を総合すると竹内は農業に従事する者でこそあれ、福田から斯る金員の寄託を受けるような特別の事情、及び福田が集金を竹内に預けるような特別な事情があつたものと原告が信じるに至つた形跡は本件全趣旨によつて認められない。

そうだとすれば原告がはたして本件紙幣を福田が集金し竹内に預けているものと信じていたかどうかは疑わしく、本件五〇万円の交付を受けたのが前認定のような事情下にあつたのにかかわらず、原告は福田と竹内との関係、福田が竹内に金を預けたと称する理由について同人等に何等確かめていないことは原告本人尋問の結果から明らかであるから、原告がそう信じたとすればその点について過失があつたものと認めるのが相当であり、とうてい原告の主張するように無過失であつたとは認められない。この点に関する原告本人尋問の結果をもつてしても、未だその主張を認めるに足りず他にこれを認めるような証拠もないから、原告の請求はその前提とする本件紙幣の善意取得の点ですでに理由がない。

四、のみならず刑事訴訟法第三四七条の規定に基く還付処分は単なる占有の移転行為にすぎず所有権移転の実質を有しないものであり、民法第一九二条を適用すべき取引行為に該当しないものと解するのが相当であり、利害関係者は刑事訴訟法第三四七条第四項に明記されているとおり民事訴訟の手続に従いその権利を主張することを妨げられないものであるから、本件還付処分によつて当然に原告もしくは訴外会社が本件紙幣に相当する金額の損害を蒙つたものとは云えず、原告の主張はこの点でも理由がない。(なお訴外会社と福田との間の本件紙幣の授受も民法第一九条を適用すべき取引行為に該当しないものと見るべきである)

五、問うるに検察官による還付処分の如きは、原告の責に帰すべからざる事由であるから、仮りに還付処分が違法であつたとしても原告が訴外会社に対し、その損害を賠償すべき法律上の義務はないから原告の第一次的な請求原因は主張自体失当である。

また原告が予備的に主張するところの本件紙幣が通常の有体動産と財貨の性質を異にするからといつて、本件の場合のように訴外会社の代表者として紙幣を保管する原告が、当然に本件紙幣の所有者となるものとは解されないから原告の主張はこの点においても失当である。

六、以上いずれの点からみても原告の請求は理由がないから民事訴訟法第八九条を適用し主文とおり判決する。

(裁判官 石田哲一 滝田薫 山本和敏)

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